会津の食
会津は格別に水とお米と蕎麦が美味しい山に囲まれた日本の故郷です。
魚沼に負けない会津米
会津盆地は、夏は高温になり、周辺の山々から流れ出る豊富な水に恵まれ、また阿賀野川を中心にした河川は肥沃な土壌を育み、古くから秀悦な米作地帯を創り出しています。会津のお米は阿賀野川を利用して、新潟から北前船で大阪の米の市場まで運ばれていました。会津米は味もピカイチです。会津の会津盆地産のコシヒカリ、ヒトメボレは、そのミネラル豊富な水資源、肥沃な土壌、そして盆地特有の昼夜の寒暖差も手伝って、毎年食味コンテストで特Aを獲得し続けています。会津米は新潟魚沼に勝るとも劣らない本当に美味しいお米です。
蕎麦の名産地、会津
会津の地はまた、蕎麦が美味しいことでも知られ、生産も盛んです。会津は平たんな土地、河川の周辺ではお米を作り、その周辺や山間地では蕎麦の栽培が盛んです。蕎麦のもともと土地や環境があまりよくないところで生産ができ、古くから会津の山間部や山の斜面では蕎麦作りが行われ、冠婚葬祭など晴れの食として楽しむ食文化が根付いていました。それに加えて国の米からの転作政策や観光資源として蕎麦の再評価などもあって、蕎麦の作付けが大幅に増えました。今では、北海道、長野に次ぐ生産量です。その中心は猪苗代町や会津美里町、会津坂下町で米作地帯でもあります。会津は米作とそば栽培が並行する他の土地にはない特徴があります。それによって会津には手打ち蕎麦屋さんをあちらこちらで見ることができ、各店その腕を競っています。そのレベルはどこもは高く外れはありません。会津で栽培されているのは古くからの会津在来品種と会津の開発品種で地元で多く消費されています
- 会津そば(会津)
- 裁ちそば(南会津地方)
- 磐梯そば(磐梯町・猪苗代町)
- 山都そば(喜多方市山都地区)
- 宮古そば(喜多方市宮古地区)
- みずそば(山都地区)・・・水で食べる
- 高遠そば(南会津郡下郷町大内宿)・・・長野の高遠からつたわる、ネギで食べる
- 檜枝岐そば(檜枝岐村)
- そばはっと(檜枝岐村)・・・そばのほうとう
など会津の各地で固有の蕎麦が楽しめます。
会津の酒
美味しいお米、清冽な水に恵まれ、酒の醸造に適した厳しい冬の冷え込みにより会津は名酒の産地としても名を馳せています。会津には20の酒蔵が醸造に励み、あちらこちらの集落で酒造所を見かけることが出来ます。新酒の品評会でも毎年高い評価を得ています。会津の日本酒づくりは、蒲生氏郷が、故郷滋賀の日野から酒造りの職人を呼び寄せたことに始まるようです。しばらくは、地元の消費で終わっていましたが、それを全国区にしたのは、江戸時代、会津藩の家老であった「田中玄宰」(たなかげんさい)でした。会津藩の財政改革のために、酒の品質改革を行い、生産量の増大を図り、会津に日本酒を全国に広めました。その旨い日本酒造りの精神を会津の各地の酒蔵は頑なに守り続けています。
会津の魚
会津の魚は山間に流れる河川で獲れる岩魚や山女などの渓流魚、鮎などの淡水の魚が主体です。檜枝岐などではサンショウウオなども食しています。また、江戸時代、飢饉対策の鯉の養殖を始め、鯉も重要な動物性のタンパクとして食され、今もその食文化は続いています。
一方、会津には海から遠く、新鮮な海産物が手に入れるのが大変でした。会津では海の魚は、身欠きにしんや棒たら、干したホタテの貝柱、スルメなどの乾物で長期保存できるものしか手に入らず、それらは北前船で新潟、そして阿賀野川を遡り途中、馬を使い会津まで運ばれてきました。これら利用した郷土食が、身欠きにしんの山椒漬け、棒たら煮、こづゆ、いかにんじんなどの料理ですが、せいぜいそのくらいで海産料理は独特なものがあります。会津では新鮮な海の幸はあまり期待しないほうが正解です。
会津の馬食文化
会津は馬肉の消費では、熊本についで日本で2番めで、馬食王国の一つです。特に両県とも馬刺しの消費が多いのですが、熊本は脂身が入った霜降りで、会津は脂身のない赤身で非常に淡白で美味が特徴です。会津の馬刺しには、ニンニクと唐辛子を練り込んだ味噌を付けて食します。会津の馬刺しは高タンパク、低カロリーでありアスリートや女性にも嬉しい食材です。
会津の馬肉食の文化は戊辰戦争で傷病兵に栄養つけるために食べさせたと言われ、明治の文明開化の食肉の奨励とともに広まったとされていますが、一説には、越後街道の陸運の要所、西会津では運搬用の馬が盛んに取引されて、そこでは役に立たなくなった馬を密かに食していたのが会津の馬肉を食べる文化のルーツも言われていますが、定かではありません。実際、西会津は馬刺しがよく食べられていました。
その馬刺しですが、馬を生で食べるのは力道山が始まりとも言われています。昭和30年、会津若松にプロレスの興行に来た力道山が肉屋の店頭で持参したタレで生食したのが最初と言うことですが、これも定かではありません。確かに、力道山は在日の朝鮮人であり、朝鮮料理は生肉を食する習慣があり、ニンニクが入った唐辛子味噌のタレもあります。それが、今の会津の馬刺しのニンニク味噌に繋がっている??しかし、ストーリーが出来すぎな感じです。やはり、明治以前から西会津辺りの馬喰が密かに馬を生食していたのが正解の気がします。(参照:日本の肉食文化)
発酵食品
会津は麹を使った発酵食文化が盛んな地です。市内でよく麹屋の看板を見かけます。麹を使った野菜魚烏賊などの三五八(さごはち)漬けなども普通にお家で作られています。(*三五八は塩・米麹・米を3:5:8に割合にしたもので、塩麹ともいいます)雪国の冬の低温と湿度が深い発酵と熟成を引き出しています。発酵食品は冬の保存食としても欠かせないものでした。
納豆つくりも盛んにおこなわれ、各町でそれぞれ地元納豆が作られています。
会津味噌
味噌醤油造りは発酵食品の最たるものです。会津では日本酒と同じくその中でも味噌と醤油の醸造がとくに盛んです。各地域に味噌蔵や醤油屋さんが地元の味を創り出しています。
会津味噌は地元の味噌メーカーによる共通ブランドで20社ほど加盟しています。その特徴は、東北らしく米麹を使った米味噌で、長期間熟成させる辛口の赤味噌になっています。会津味噌の始まりは日本酒造りの発酵の技術の確立からともいわれて、300年前の保科正之時代の文献には既に味噌づくりの記述があります。
会津味噌は会津の食文化にも大きな影響を与えています。野菜などの味噌漬けや焼き田楽、味噌納豆、鉄火味噌、しんごろうなどの郷土料理の素材になっています。会津の食生活の基盤です。
会津の野菜
会津は米や蕎麦などの生産とともに、野菜作りも盛んです。肥沃な土壌、夏の日中の温暖差、冬の深く積もる雪はうま味や甘みが濃厚な野菜を育て上げてくれます。一般野菜では、きゅうり、トマト、アスパラ、ほれんそうなどの生産が多く、県外にも出荷されています。冬の雪の下で甘みを増すキャベツ・白菜・大根・ニンジンも最近人気を博しています。
会津の伝統野菜
会津で昔から育てられてきた在来種の伝統野菜も会津の重要な食文化の一つです。栽培に手間がかかるために近年はF1種に押されてきていましたが、保存の活動も盛んになってきています。会津の伝統野菜には次のようなものがあります。
雪中あさづき
12月から4月。酢味噌で食すると最高。
荒久田茎立(あらくだくきたちな)
3~4月中旬。会津若松市の荒久田が発祥。カブの仲間で、春に茎が伸びた菜で、柔らかく甘みがある。
ちりめん茎立
会津地葱(じねぎ)
会津丸茄子
会津小菊南瓜(こぎくかぼちゃ)
7月中旬~8月中旬。会津若松市周辺。
皮が固く長期保存ができます。ねっとりとした食感があり冬至かぼちゃやみそ汁にも使われます。
真渡瓜(まわたうり)
7月下旬~8月中旬 。北会津村真渡地区でつくられてきたことから。今はメロンに負けて、お盆、仏壇のお供え物として使われるのが多い。
慶徳玉葱(けいとくたまねぎ)
7月下旬~9月中旬。 喜多方市の慶徳地区が発祥。甘みが強くサラダなどにいい。
かおり枝豆
8月上旬~10月下旬。会津一帯。甘みと香りが強い。
舘岩蕪(たていわかぶ)
立川牛蒡(たちかわごぼう)
10月上旬~12月中旬。 会津坂下町立川地区で多くつくられていた。ことから立川ごぼうと呼ばれている。葉がアザミ葉で唯一のアザミ葉の品種。肉質が柔らかで香りがよい。
会津赤筋大根
11月上旬~2月中旬。 肉質の緻密な大根で、煮物にしても煮くずれしない。漬物にも向く。
アザキ大根
11月上旬~12月中旬。 金山町などの山間部に自生する。食用ではなく、高遠蕎麦などの薬味として使われる。
とこいろ青豆
11月上旬~12月中旬。会津の全体。甘くて柔らかい。青豆とは、熟しても青い大豆のこと。
会津の山菜きのこ
会津は四方を山々に囲まれ、山菜やキノコで宝庫であり、有史以前から重要な食料になってきました。山菜やキノコは会津の食文化には欠かせない食材になってきました。特に、奥会津や南会津の奥深い地域では山菜料理やキノコ料理が郷土の食文化の中では中心で、郷土料理として旅館や食べどころで提供されています。しか、残念ながら天然のキノコ、山菜の一部は未だ出荷停止の状況になっています。各所とも他県ものや栽培物でしのいでいるのが現状です。